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実践!創造共育 #10 積木編  

こんにちは。
遊ぼ代表の勝田潔です。

これまで、三つの形式(領域)の積木遊びをご紹介してきました。

それは、

「探究認識」
「パターン遊び」
「見立て遊び」

の三つでした。
そして前回の最後に、

積木による見立て遊びは、
おもちゃ遊びの、
「全部入り」である。

と申し上げました。
「全部入り」とは、
先に挙げた3つの形式全てということなのですが、
次の具体的な例でその意味をお伝えしたいと思います。

4才のSちゃんは、ままごと遊びが大好きです。
今日は仲良しのクマちゃん(ぬいぐるみ)の3歳のお誕生パーティーを開きます。
お友だちの白ウサギ、赤ちゃん、キリンも呼んだので、とっても忙がしいのです。
ご馳走は、カラー輸ゴムのサラダ、ボールのお肉、木のコップにたっぷり入ったビーズのジュース。
あっ、大変!、お誕生ケーキを忘れてました!

Sちゃんは大忙ぎで正三角柱の積木をタテにして組み合わせ、正六角柱の形のケーキを作りました。
ケーキの真ん中には赤いビーズのイチゴを飾り、1個1個の正三角柱の上には紫ビーズのブドウを飾りました。
最後に、クマちゃんの年齢と同じ数だけローソクを立てます。
「いち、に、さん、」
小さな積木のローソクを飾りの隙間に置き、組み木の棒のライターで火を着け、黄色のビーズの火の灯りを積木のローソクの上にそっと乗せました。
「かんせい!」
さあ、パーティーの始まりです・・・。

どうですか?
今の様子のどこが「全部入り」か、
すぐお分かりですよね!

素材の「見立て」はもちろんのこと(ごっこ遊び)、
点対称に形作られ、フルーツが美しく飾られたバースデーケーキ(パターン遊び)、
歳と同じだけ数をかぞえてローソクが立てられましたね(認識)。
やっぱり「全部入り」です。

この後は、人数分に切り分けられた正三角柱のケーキが
それぞれのお皿に配られることでしょう。
「配分」ですね。

そして、
パーティーに招待したお友だちは計4人。
Sちゃんを入れると5人ですから、
1つ余ることになるわけです。
その1つがお父さんの分になるのかどうかは、
日頃の行い次第かもしれません・・・。
果たして父は娘の「愛」を得られるのか!?

・・・少々脱線しましたが、
きっと今日もどこかで、
こんな小さなパーティーが、
ささやかに楽しく開かれていることでしょう。
そしてそこには必ず、
愛と美と認識が調和した表現があるはずです。
これこそ、人間が理想とする世界ではないでしょうか。

そんな世界の実現に向けて、
子ども達は遊びの世界でしっかり予習と演習している、
と考えると、
「子どもの遊びが世界を救う」
とさえ、思えてきます。
大袈裟ですね!


長らく「遊びの三つの形式」についてお付き合い頂き、ありがとうございました。

やっとか、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、
次回からは、積木について、多くの方から良くある質問にお答えしていきたいと思います。
またのお付き合いをよろしくお願い致します。
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実践!創造共育 #9 積木編  

こんにちは。
遊ぼ代表の勝田潔です。
子ども達が反応する言葉、
「いただきまーす!」
の次に響く
「ありがとう!」
についてのお話から続けさせて頂きます。

他者からもらう感謝の言葉は、
人の役に立つことの喜びを感じさせてくれます。

子どもが積木でこしらえてくれた料理をご馳走になり、
「ごちそうさま、ありがとう。」
と感謝すると、
子どもはまた何回でも運んできてくれますよね。

たとえ、
「もう、お腹いっぱい、もう食べられません。ごちそうさま…」
と言ったって、
そう簡単には許してもらえないはずです。
子どもの方こそ、
感謝されることにお腹いっぱいになるまで続けたいわけですから。

それほど子どもは、
大人に喜んでもらうことが嬉しいのでしょう。

これを「貢献欲求」の原型としても良いくらいだと私は思います。

それはアイデンティティの形成にもつながります。

自分のすることは社会で意味のあることなのだという原体験、
自分の存在意義(居場所)を確認する原体験、
人の役に立つことを仕事のモチベーションとする原体験がそこにある、
というのは言い過ぎでしょうか?

実のところ、
こうした本質的な見立て遊びは積木でしか出来ない、
ということはありません。

見立て・ごっこ遊びの専用のおもちゃでももちろんのこと、
日用品でも、
ビー玉でも、
何ででも出来ます。

子どものイマジネーションは豊かですから、
モノの色形自体に制限されることはあまりありません。
親や大人、友達との共感感情が育まれさえすれば良いのです。

ではなぜ、私はわざわざ積木で見立て遊びをお勧めしようとするのか。
その理由を、まずはひとこと、

積木による見立て遊びは、
おもちゃ遊びの、
「全部入り」である。

と申し上げておきましょう。
この次にはそのお話にて、
これまでのまとめとさせていただきます。

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実践!創造共育 #8 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田潔です。

今回は「探究認識」と「パターン遊び」に次いで、積木遊びにおける「生活の形式=見立て遊び」のお話をさせて頂きます。

2〜4歳の子どもの室内遊びで最も旬な遊びは、なんといっても「見立て・ごっこ・成りきり遊び」だと思われます。放っておくといつまでも終わり無く続きそうですよね。

それもそのはず、以前このブログでお伝えした通り(#5「生活の形式とは」)、「見立て遊び」は「愛の遊び」だからです。他者と思いや行動を共有したい、という欲求は人類普遍のものです。ですから「探究認識」や「パターン遊び」を差し置いてダントツ1位の遊びなのです。

積木遊びでもそれは同じで、直方体が一つあれば、片手で持って耳に当て「モシモシ、お父さん?あのね…」と、電話に見立てて、ごっこ遊びが始まります。探究認識・パターン遊びに比べて、簡単ですぐに始められるところも、見たて・ごっこ遊びの特徴です。

突然ですが、ここで一つクイズをお出ししたいと思います。見たて遊びについてのクイズです。

2〜3歳の子ども達が10人いても30人いても、殆どの子が振り向く日常良く使われる言葉は何でしょう?
「あっ!」とか、「わっ!」とか、ビックリさせたり、奇声を発したりすることではなく、子どもが違和感無く振り向く言葉です。

いかがですか?いくつか浮かびましたか?

私が今まで試してみて最も子どもたちの反応が大きかったのは、
「いただきまーす!」
です。
次いで
「ありがとう!」
となります。

子どもが最も身を持ってお母さんに愛を感じる場の一つが食卓にあることを否定される人はいないでしょう。
一日で最も嬉しい場面、五感全てで愛を感じる場面、そこで使われる言葉「いただきます!」は幸せの象徴であることは間違いないと思うのです。

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実践!創造共育 #7 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田潔です。
今回は積木遊びにおける「美の形式」/「パターン遊び」についてです。

子どもの「パターン遊び」は平面だけでなく立体でも現れるもので、積木遊びでは線対称(2~3歳)や点対称(4~5歳)などのシンメトリーの展開が一般的です。
また、横一直線に何かを並べていく遊び(~2歳頃)も、並べられた形同士の規則性は無くランダムであっても、「直線状」に伸びていく立派なパターン遊びです。
さらに、起点・中心部から外部ヘ延長・拡散していくという展開とは逆に、周辺部もしくは中心部からまとまりをつくり、積木の部品が収斂・集合していく、という展開もあります。
花火や風車のような模様が前者で、1つの枠の中に組み込むパズルのような構成や囲われた空間の構築物が後者です。

この「パターンの『パターン』」とでも言える展開の仕方(種類)がまずあって、その展開を構成する要素として、色・形・素材などが様々に組み合わせられます。そしてその展開と要素の無限の多様性を楽しむ活動が「パターン遊び」の醍醐味なのです。

もっと簡潔に言えば、「音楽」が「音階とリズムの組み合わせ」を楽しむ世界だとするなら、「パターン遊び」は「色彩と形体の組み合わせ」を楽しむ世界だと言えるでしょう。それぞれ、その組み合わせの「妙」に調和を感じる世界です。

例えば、立方体の積木をピタッピタッといくつも真っ直ぐにつなげて「電車」をつくりつつ、そのつなぎ目のそれぞれをうっとりと見つめる2歳頃の子どもの姿は、単純で、安心できて、癒される、まさにお母さんの心臓の鼓動をその胸に抱かながら聴く子の様な幸福感で一杯です。
なので少しでもその積木の列が乱されようものなら、一様に不快感や悲しみに襲われ、パニックになったり怒りだしたりします。心地良い調和を乱されるからです。

また、2歳を過ぎる頃には色に対するこだわりも出てきて、同じ色のビーズや色板ばかりを揃えたりすることがあります。
これも「おんなじ(同じ)、おんなじ」という規則性を味わうパターン遊びと言えます。
但し1歳の頃に似たような活動をする子もいますが、それはどちらかと言うと、「同じ」の認識を確かめる「探究認識活動」に近い感じがします。「形合わせ」のような遊びの感覚です。

そしてそこにイマジネーションの働きが加わり、見立て遊びが始まると、「オレンジジュース!」と言って、橙色のビーズをコップ一杯に集めるようになるのです。

さらに3歳以降になれば、ビーズや色板の色を統一して縦横に並べたり、2種類以上の色の組み合わせ(縞模様や格子模様)を試み、色の響き合いや形同士のバランスなどを純粋に楽しみ始めるでしょう。
そして小学生に上がる頃には、まさに「デザイン」の世界が現れるのです。

ところで、ここまでの解説を読んで項いた方々の中には、途中で「あれ?」と思われたかもしれません。
例えば、「『おんなじ、おんなじ』を楽しむことと、『同じ』を確かめることの正確な境目はどこか?」とか、
「『おなじ』を確かめるのは認識を司る知性によるものか、感覚を司る感性によるものなのか、どちらなのだろう?」と言うようなことです。

しかしそれに決着をつけようとすると、近代の認識論の哲学者達にも登場して貰わなければならなくなりそうですから、遊びの現場で確かめるとするなら、実際は「知性も感性も両方同時に働いている」と言うしかないように思われます。

具体的に言うと、立方体を正しくズレのないように揃えて並べるためには、立方体の直面同士の端と端の長さ(立方体の辺の長さはどれも等しいので最も簡単な角柱なのですが…)を正しく「認識(知性によって)」しつつ、ピタッと揃える心地良さを求める「感性」が発揮されなければ、それをやり遂げる動機が生まれません。

つまり、「探究認識活動」と「パターン遊び」は混ざり合って発動していて、別々で行われるという訳では無いのです。

さて、前回私は、「探究認識」の領域だけを捉えて積木遊びをしないで下さい、と申し上げましたが、今回も同じ結論になりそうです。

すなわち、積木で何かを創り出すためには、感性が働いて、好みの「何か」を目指す動機と、合理的に「創り出す能力(認識の力)」の両方が必要になってくるからです。

敢えて別々にするなら、片や知性だけによる「意味の無いモノ/形だけのモノ」、片や感性だけの「ひとりよがりのモノ/真実味や説得力の無いモノ」に貶められるでしょう。

さらに次回は、積木遊びにおける「生活の形式=見立て遊び」についてのお話を通して、遊びは「探究認識」と「パターン遊び」を統合するだけでは収まりきらない、ということをお伝えしたいと思います。

では、またのお付き合いを宜しくお願いします。

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実践!創造共育 #6 積木編  

こんにちは。おもちゃのゆうぼ代表の勝田潔です。
前回までは、子どもの遊びには3つの種類(認識の形式・美の形式・生活の形式)があり、
それがそのまま、大人の社会活動における3つの頒域、
すなわち「科学・芸術・哲学」に対応するということをご説明してきました。

それは当然、子どもの積木遊びにも当てはまることで、
今回からはそれを具体的にお伝えしたいと思います。

ではまず「認識の形式=探究認識」からですが、
形の認識について、1歳半の子どもなら、丸と四角の形の違いは充分理解していて、
形合わせはもちろんのこと、丸いモノは転がり易く、四角いモノは転がりにくい、という特性を見抜き、
ボールを投げたり転がしたり、積木を積み上げたりするなど、それらを上手に利用することが出来ます。

2歳になれば、「大きい、小さい」、「多い、少ない」、「長い、短い」、
などの意味も分かり始めてきますし、興味も出てきます。

そこで、つなげて全体を比較したり、バラバラにして数を直観させたりできる積木の出番です。
大きな塊の積木があれば、重い・軽いも体感できます。

1歳までには、「おんなじ(同じ)、おんなじ」を、
ボールとボール、積木と積木(立方体がベスト)で体得できますし、
3歳からなら、10進法に基づいた積木(童具館の「かずの木」)を使って、
4、5歳までに「100」の数の認識を深めることも不可能ではありません。

それら全ては、直面を持つ形体である積木がぴったりつながって全体を示したり(未測量と言います)、
部分に分かれて数えられたり(既測量といいます)出来るからなのです。

さらには、フレーベルの考案した「8個の立方体」によって、「右と左」、「前と後ろ」、「上と下」という位置や向き(「3つの主方向」といいます)も示しつつ、基本的な空間認識へと導きます。

それは同時に「半分、半分」というもっとも単純な「分割」を示してもいて、まさに「割合=%(パーセント)」の世界の原体験にもなるのです。

いかがでしょう、皆さんはここまででもう充分、小学校の「さんすう」の基礎が揃っていると気付かれたのではありませんか?

「それなら早速、積木でお勉強しよう!」と思われたなら、それはまだちょっと待って下さい。

もちろん、知識の量と客観的な認識の能力は、子どもを賢く育てたいという親の希望や、正しいことを知りたいという子どもの根源的な欲求に根ざすことではあるのですが、それだけを求めるとアンバランスな精神になる危険性が高まるのです。ここは重ねて強調したいところです。

例えば、人間の体に必須なのは5大栄養素である、と聞いて、それらが純粋に詰まった「サプリメント」のみを子どもに与えればそれで良し、とは、普通考えませんよね。
3度の食事がサプリだけ、などというご家庭はまずありえないでしょう。
いまどきの「食育」の考え方から言ってもおかしなことになりそうです。
科学的には正しくても、そんな無味乾燥な食卓は嫌!という気持ちが生まれます。それは知性ではなく、感性の働きではないでしょうか?
「嬉しくない」し、「楽しくない」のです。

「探究認識」の領域でも同じことが言えます。それだけを捉えて教え込もうとすると、
「食べること=知ること」そのものが嫌いになってしまうか、
感性の働きを鈍くして、健全な精神が育まれなくなります。

まずは今回は、積木から得られる基本的な「情報」について知って頂くことに留め、
次回以降の話と合わせて、積木遊びに活かして頂きたいと思います。
またのおつきあいをよろしくお願いします。

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