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実践!創造共育 #7 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田潔です。
今回は積木遊びにおける「美の形式」/「パターン遊び」についてです。

子どもの「パターン遊び」は平面だけでなく立体でも現れるもので、積木遊びでは線対称(2~3歳)や点対称(4~5歳)などのシンメトリーの展開が一般的です。
また、横一直線に何かを並べていく遊び(~2歳頃)も、並べられた形同士の規則性は無くランダムであっても、「直線状」に伸びていく立派なパターン遊びです。
さらに、起点・中心部から外部ヘ延長・拡散していくという展開とは逆に、周辺部もしくは中心部からまとまりをつくり、積木の部品が収斂・集合していく、という展開もあります。
花火や風車のような模様が前者で、1つの枠の中に組み込むパズルのような構成や囲われた空間の構築物が後者です。

この「パターンの『パターン』」とでも言える展開の仕方(種類)がまずあって、その展開を構成する要素として、色・形・素材などが様々に組み合わせられます。そしてその展開と要素の無限の多様性を楽しむ活動が「パターン遊び」の醍醐味なのです。

もっと簡潔に言えば、「音楽」が「音階とリズムの組み合わせ」を楽しむ世界だとするなら、「パターン遊び」は「色彩と形体の組み合わせ」を楽しむ世界だと言えるでしょう。それぞれ、その組み合わせの「妙」に調和を感じる世界です。

例えば、立方体の積木をピタッピタッといくつも真っ直ぐにつなげて「電車」をつくりつつ、そのつなぎ目のそれぞれをうっとりと見つめる2歳頃の子どもの姿は、単純で、安心できて、癒される、まさにお母さんの心臓の鼓動をその胸に抱かながら聴く子の様な幸福感で一杯です。
なので少しでもその積木の列が乱されようものなら、一様に不快感や悲しみに襲われ、パニックになったり怒りだしたりします。心地良い調和を乱されるからです。

また、2歳を過ぎる頃には色に対するこだわりも出てきて、同じ色のビーズや色板ばかりを揃えたりすることがあります。
これも「おんなじ(同じ)、おんなじ」という規則性を味わうパターン遊びと言えます。
但し1歳の頃に似たような活動をする子もいますが、それはどちらかと言うと、「同じ」の認識を確かめる「探究認識活動」に近い感じがします。「形合わせ」のような遊びの感覚です。

そしてそこにイマジネーションの働きが加わり、見立て遊びが始まると、「オレンジジュース!」と言って、橙色のビーズをコップ一杯に集めるようになるのです。

さらに3歳以降になれば、ビーズや色板の色を統一して縦横に並べたり、2種類以上の色の組み合わせ(縞模様や格子模様)を試み、色の響き合いや形同士のバランスなどを純粋に楽しみ始めるでしょう。
そして小学生に上がる頃には、まさに「デザイン」の世界が現れるのです。

ところで、ここまでの解説を読んで項いた方々の中には、途中で「あれ?」と思われたかもしれません。
例えば、「『おんなじ、おんなじ』を楽しむことと、『同じ』を確かめることの正確な境目はどこか?」とか、
「『おなじ』を確かめるのは認識を司る知性によるものか、感覚を司る感性によるものなのか、どちらなのだろう?」と言うようなことです。

しかしそれに決着をつけようとすると、近代の認識論の哲学者達にも登場して貰わなければならなくなりそうですから、遊びの現場で確かめるとするなら、実際は「知性も感性も両方同時に働いている」と言うしかないように思われます。

具体的に言うと、立方体を正しくズレのないように揃えて並べるためには、立方体の直面同士の端と端の長さ(立方体の辺の長さはどれも等しいので最も簡単な角柱なのですが…)を正しく「認識(知性によって)」しつつ、ピタッと揃える心地良さを求める「感性」が発揮されなければ、それをやり遂げる動機が生まれません。

つまり、「探究認識活動」と「パターン遊び」は混ざり合って発動していて、別々で行われるという訳では無いのです。

さて、前回私は、「探究認識」の領域だけを捉えて積木遊びをしないで下さい、と申し上げましたが、今回も同じ結論になりそうです。

すなわち、積木で何かを創り出すためには、感性が働いて、好みの「何か」を目指す動機と、合理的に「創り出す能力(認識の力)」の両方が必要になってくるからです。

敢えて別々にするなら、片や知性だけによる「意味の無いモノ/形だけのモノ」、片や感性だけの「ひとりよがりのモノ/真実味や説得力の無いモノ」に貶められるでしょう。

さらに次回は、積木遊びにおける「生活の形式=見立て遊び」についてのお話を通して、遊びは「探究認識」と「パターン遊び」を統合するだけでは収まりきらない、ということをお伝えしたいと思います。

では、またのお付き合いを宜しくお願いします。

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実践!創造共育 #6 積木編  

こんにちは。おもちゃのゆうぼ代表の勝田潔です。
前回までは、子どもの遊びには3つの種類(認識の形式・美の形式・生活の形式)があり、
それがそのまま、大人の社会活動における3つの頒域、
すなわち「科学・芸術・哲学」に対応するということをご説明してきました。

それは当然、子どもの積木遊びにも当てはまることで、
今回からはそれを具体的にお伝えしたいと思います。

ではまず「認識の形式=探究認識」からですが、
形の認識について、1歳半の子どもなら、丸と四角の形の違いは充分理解していて、
形合わせはもちろんのこと、丸いモノは転がり易く、四角いモノは転がりにくい、という特性を見抜き、
ボールを投げたり転がしたり、積木を積み上げたりするなど、それらを上手に利用することが出来ます。

2歳になれば、「大きい、小さい」、「多い、少ない」、「長い、短い」、
などの意味も分かり始めてきますし、興味も出てきます。

そこで、つなげて全体を比較したり、バラバラにして数を直観させたりできる積木の出番です。
大きな塊の積木があれば、重い・軽いも体感できます。

1歳までには、「おんなじ(同じ)、おんなじ」を、
ボールとボール、積木と積木(立方体がベスト)で体得できますし、
3歳からなら、10進法に基づいた積木(童具館の「かずの木」)を使って、
4、5歳までに「100」の数の認識を深めることも不可能ではありません。

それら全ては、直面を持つ形体である積木がぴったりつながって全体を示したり(未測量と言います)、
部分に分かれて数えられたり(既測量といいます)出来るからなのです。

さらには、フレーベルの考案した「8個の立方体」によって、「右と左」、「前と後ろ」、「上と下」という位置や向き(「3つの主方向」といいます)も示しつつ、基本的な空間認識へと導きます。

それは同時に「半分、半分」というもっとも単純な「分割」を示してもいて、まさに「割合=%(パーセント)」の世界の原体験にもなるのです。

いかがでしょう、皆さんはここまででもう充分、小学校の「さんすう」の基礎が揃っていると気付かれたのではありませんか?

「それなら早速、積木でお勉強しよう!」と思われたなら、それはまだちょっと待って下さい。

もちろん、知識の量と客観的な認識の能力は、子どもを賢く育てたいという親の希望や、正しいことを知りたいという子どもの根源的な欲求に根ざすことではあるのですが、それだけを求めるとアンバランスな精神になる危険性が高まるのです。ここは重ねて強調したいところです。

例えば、人間の体に必須なのは5大栄養素である、と聞いて、それらが純粋に詰まった「サプリメント」のみを子どもに与えればそれで良し、とは、普通考えませんよね。
3度の食事がサプリだけ、などというご家庭はまずありえないでしょう。
いまどきの「食育」の考え方から言ってもおかしなことになりそうです。
科学的には正しくても、そんな無味乾燥な食卓は嫌!という気持ちが生まれます。それは知性ではなく、感性の働きではないでしょうか?
「嬉しくない」し、「楽しくない」のです。

「探究認識」の領域でも同じことが言えます。それだけを捉えて教え込もうとすると、
「食べること=知ること」そのものが嫌いになってしまうか、
感性の働きを鈍くして、健全な精神が育まれなくなります。

まずは今回は、積木から得られる基本的な「情報」について知って頂くことに留め、
次回以降の話と合わせて、積木遊びに活かして頂きたいと思います。
またのおつきあいをよろしくお願いします。

category: 実践!創造共育

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実践!創造共育 #5 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田潔です。
フレーベルの「3つの形式」、
最後は「生活の形式」について述べたいと思います。

創造共育では、「みたて遊び」といいます。
これは皆さんよくご存知ですよね。
「ごっこ遊び」も同類です。

「みたて・ごっこ遊び」は、1歳半から2歳児の間に始まる遊びで、
本物のおにぎりや食べ物ではなくても、
「(いただきます、)アーン」と食べる「真似っこ」が出来れば、
それは既に「みたて・ごっこ遊び」です。

ではなぜ、子どもは「みたて・ごっこ遊び」をするのでしょうか?
1〜3歳児の子ども達と日々接していると、子ども達はいつも誰かと
「心がつながっていたい」
と願っているということが、とても強く伝わってきます。

元気良く懐にドーンと飛び込んできたり、そっと手をつないできたり、
というような直接的なスキンシップもそうですが、
「せんせい、ごはん!」とか、「せんせい、おちゃ!」などと、
自らご馳走してくれたりすることも、
「みたて・ごっこ遊び」を通して、
先生と自分との心のつながりを味わっているかのようです。

だからこそ、「ありがとう!」のー声で、
子どもの笑顔がさらに輝くのでしょう。

そんな時僕は、子どもだけでなく、どんな人でも、
心の底では
「誰かと分かり合いたい、役に立ちたい、喜んでもらいたい…」
と願っている存在ではないかという確信を持つのです。
それはダイレクトに「幸せ感」とつながっていると思うからです。

現に孤独や絶望は、それとは逆に、
「誰にも分かってもらえない、誰にも必要とされていない」
と感じる時ではありませんか?

ですから創造共育では、「みたて遊び(生活の形式)」を
「(他者との)共感共同活動」とよび、
愛を希求する人間の根源的な欲求を土台にしていると考えます。

愛は自己愛と他者愛の2つがバランス良く育まれてこそと思いますが、
自分と他者(社会)の「つながり合い=愛着」を表現する遊びとして、
まさに「愛の遊び」とでもいえるほどの大切な遊びなのです。

一方、大人は社会の中で、それをどの様に実践(活動)しているでしょうか?

「心のつながり」をテーマとする仕事ですぐに思いつくのは、
ボランティア、看護、カウンセリングや教育といった分野ですね。

人が社会の中での調和(つながり)を目指し、
「いかに生きるべきか」を問う学問として、
倫理哲学や文学・演劇、様々な宗教や思想も、
つまるところは同じ領域のものと考えることが出来ます。

前回までの「科学」と「芸術」に並び、この領域も、
人間にとって欠かすことの出来ない創造活動であることを
ご理解頂けたでしょうか?

以上、「生活の形式」について解説してきましたが、
難かしく考えるまでも無く、皆さんのご家庭では、
もうすでに実践されているのは間違いありません。。

なぜなら、子どもが、
「お父さん、はい、ビール!」
と誘ってくれる場面で、
「何コレ? 積み木じゃん? こんなの飲めネーヨ!」
と言って突っ返すお父さんは皆無でしょうから。

そんなことをすれば、子どもが傷つき悲しむことは明白だからです。
我が子の不幸を喜ぶ親はいませんものね。

さていよいよ次回は、実際の積み木遊びで、
これまで述べてきた遊びの3つのパターンがどのように現われているのか、
ということをお伝えしたいと思います。
またのおつきあいをよろしくお願い致します。

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実践!創造共育 #4 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田です。
前回は、
子どもが遊びの中で「科学者」になる、
ということを
創造共育における「探究認識活動」の考え方から
ご説明致しました。
今回は
「2.美の形式」
についてです。

子どもが遊びを通して
科学者の目で
物事を探究し、表現する一方で、
子どもには
「可愛く・カッコ良く・素敵」でありたい、
という欲求があります。
3歳の女の子にはすでに
お気に入りの服があったりして、
忙しい朝に、その服が着られない
なんてことになれば、
親子共々パニック必至です。

大人の社会でも、美しく自らを着飾る、
気に入った物を手に入れたい、作りたい、
という願いは、
文化が始まったと同時に生まれた、
と考えることができるでしょう。
まさに芸術は文化の一部です。

これを「美の形式」、
「美的表現活動」とよびます。
2才の子どもが物を一列に並べたり、
シールを重ねて貼ったり、
紙の四隅をマーキングしたり、
ピンクの色の物ばかり選んだりするのは
まさに美的表現活動で、
創造共育では「パターン遊び」といいます。
そんな場面に出会ったら、
「おっ、ゲージュツだ!」
と、その感性の発露を心から喜んであげてください。

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実践!創造共育 #3 積木編  

こんにちは。おもちゃの遊ぼ代表の勝田です。

前回は、
積み木遊びを豊かに楽しくするヒントを得るために、
子どもの遊びそのものを
「フレーベルの三つの形式」
にもとづいて考えてきました。
今回はその内の
「⒈認識の形式」
についてお伝えしたいと思います 。

子どもは好奇心のかたまりで、
「知りたい」という欲求を
根っから持つ存在です。
「知る」ことは精神の成長欲求として、
身体にとっての食欲と同じ位、
根源的な欲求といえます。

人間社会においては、その欲求は
「科学」の分野で発揮されます。
客観的な答えは必ずあるとされる分野です。
結果があれば原因がある。その因果関係を、
合理的、論理的に探求しようという領域です。
この領域で行われる科学的な活動を、
フレーベルは「認識の形式」とよび、
創造共育では
「探究認識活動」とよんでいます。

子どもの遊びの場合には、
パズルや知恵の輪、ゲーム、
なぞなぞ遊びなどが当てはまります。
ビデオデッキの挿入口に
細かい物を入れてしまうイタズラなども、
「入るかな?あっ、入るぞ!」という
探究心の発揮だと考えると、
その「知性」に多少なりとも惚れてきませんか?

この探究認識活動は
赤ちゃんの頃からすでに始まっていて、
その手に握りしめた物を
舐めたり、振ったり、
落としてみたりすることも
立派な探究認識活動です。
その時の赤ちゃんの「目」を見れば明らかです。
仮説と検証を繰り返す
「探究者」の目
そのものではありませんか?

以上、「探究認識活動」について
お伝えしてきました。
よろしければ
ぜひ一度、
万有引力の法則を発見したニュートンが、
リンゴが地面に落ちたまさにその時、
「!」
と閃いた場面を
我が子に重ね合わせ、
「末は博士か?」
などと、
親バカになってみても良いのではないでしょうか。

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